良い負荷と悪い負荷。

去年の再開時に書きましたが、このブログは私にとって筋トレでもあります。

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もちろん好きで書いているのですが、では負荷がまったく掛かってないかというと、全然そんなことはない。

実名でブログを書き、ソーシャル上で更新告知もしていると、やっぱり記事の「公開」ボタンを押す前に、色んな知人・友人の顔が思い浮かびます。

「あーこの内容だと、あの人はどう感じるかなぁ。」

「んー、この人こういうツッコミ入れてくるかも。」

「いやー、さすがにこのままだとアホ丸出しやな・・・ヤバイ、アホってバレる・・・」

(ま、バレてますけどね。)

 

他人は自分が思うほど、自分のことなんて気にしていない、とよく言われますし、実際その通りだと思います。

とはいえ。ねえ?

おまえ、五ヶ月間も毎日毎日こんな己の姿を晒しながら、何を今さら気にしとんねん、という感じかも知れませんが、いやーでも気にはなるものですよ・・・

そんなこと全然気にならんわ、と軽やかに更新できる人、本当にすごいわ。




しかしこうやって人に読まれることを意識するからこそ、どうやったらもっと正確かつ分かりやすい表現にできるか、と気を配れるし、なにより内容そのものに対しても自分なりに考察が深まる。最初に思いついたネタから記事を書くうちに全然違う内容になることもしばしば。(このレベルで・・・とかツッコミNG)

これって負荷だけど、自分にとっては良い負荷。必要な負荷。大変なときもあるけれど、望んで掛けているものなので、イヤではありません。

実際の筋トレで例えれば、自分が納得しているメニュー通りにトレーニングしている感じですかね。重いバーベルをあげるとき、最後の数回とか、かなりしんどいけれど、そういうものだと割りきって頑張れる。

一方、自分が望んでいないのに、いつの間にか掛かっている負荷も、たくさんあります。

嫌々やっている仕事

惰性で続いている人間関係への気遣いや軋轢

見栄で続けている活動

・・・

コーチから理不尽なトレーニングメニューを無理やりやらされ、しかも自分が望んでいない筋肉ばっかりがいつの間にか発達してた、みたいな。

さらには、辛い時は、とにかくこの苦しみから逃れたい!楽になりたい!と、どうやったら負荷がない生活をできるか夢見て、現実逃避に走ったり。

でも冷静に考えれば、負荷がない生活って個人的にはつまらないと思います。肉体的にも精神的にも(最近、肉体はちょっとサボってます・・・)。

だけど、自分の意志で選択した負荷とそうでないものはきちんと切り分けておきたいですね。

結局は、楽になりたい!と逃避するのではなく、自分の意志で選択した負荷の比率をどうやったら増やせるか、そのことを常に意識して行動することが大事だと思っています。

 

ちなみにカジケンの会社、絶賛エンジニア募集中です!(笑)