【書評】はっちゃけた54歳:未来予測―ITの次に見える未来、価値観の激変と直感への回帰

日頃お世話になっている湯川鶴章さんが5年ぶりに専門分野であるIT関係で書籍を出されました。(注:電子書籍のみでの出版です)

最初に読んだ感想は、

「こりゃまた、えらいはっちゃけたなぁ・・・(笑)」



何がはっちゃけているのか。

◯はっちゃけポイントその1

肩書きが「作家」になっている。未来予測の本なのに作家ってどういうこと!?これ、空想で出来た創作物なの?

 

◯はっちゃけポイントその2

自分自身で支離滅裂だと書いている。論旨が二つあり、それが整合されずそのまま開示されている。

 

◯はっちゃけポイントその3

最後の結論をサポートする事例がない。

論というのは基本的に結論を支える論拠(ロジック)とそのロジックの材料である具体例によって組み立てられた建造物のようなものです。未来を論ずるのであれば、来るべき未来像を描いた上で「なぜそうなるのか?」というロジックと、そのロジックを実証する具体的な実例や論文などが必要です。途中まではあるのですが、最後の最後に「えいっ!」とジャンプしてしまう。




 

じゃあダメなのか?というと、全くそんなことはありません。

テクノロジーの未来を読むことに定評がある湯川さんが、IT業界内外のキーパーソンたちへの取材と議論を重ねて来た内容が詰まっています。テクノロジーの進化から未来を考える上で湯川さんが重要だと考えている素材と考察がほぼ全部入っている。それぞれのパートを元に自分なりの考察を深めるだけでも意味はあると思います。

10のTipsみたいな何か分かりやすい処方箋を求めている人には全く向いていない内容ですが、業界の最先端にいる人には今世界がどう見えているのか。その頭の中をのぞかせてもらうような本です。

 

湯川さんの凄さ。

湯川さんが未来予測に長けた著名なIT系ジャーナリストの一人であることは誰もが認めるところです。

時事通信社時代にシリコンバレーで長年取材を重ね、例えば5年前に、つまり検索エンジン全盛の時代(Google絶頂期)に、今のソーシャルメディアとモバイルの隆盛を予言しています。

個人的な体験としても、今をときめくLINEが登録者数を伸ばし始め、一部Web系メディアで注目され始めた2012年初頭に、参加した少人数の勉強会で「(LINEは)絶対、プラットフォーム化するよ」と湯川さんが断言していたのを覚えています。

当時のメディア、ジャーナリストでそんな指摘をしている人は(少なくともネット上では)全く見かけなかったのですが、その年の7月になってNHN JapanはLINEプラットフォーム戦略を発表。その洞察の確かさに驚きました。

 

湯川さんと議論をしたことがある人は分かると思いますが、話の聞き役に徹しながら、要所要所ですっぱーんと本質的な質問をしてきます。

こちらがまだ言語化できていないことまで丸ごと理解されて、粗も含めて全部見透かされている感じ。私は前職の上司の一人がマッキンゼー本社の元パートナーの人でしたが、議論したときの印象が近い。

また、インテリジェンスがある人の共通点ですが、具体的な事例から仮説をいくつか構築し、その検証をまた具体例から行なって、最終的に概念や法則などの本質を導き出す能力が異常に高い。しかもそれを最小ステップでやるわけです。

最終的にはロジックが頭の中にキレイに出来上がっていて、しかもそれぞれの論証として具体例や定説がきちんと紐付いている状態が見えるようです。だからこちら側に穴があると一瞬で見ぬかれてそこをつかれるって感じ。

それに加えて、人間に対する洞察が深い。人物評を聞くたびに「よくそこまで見抜いているなぁ」と感心します。湯川さんご自身は自分にしか興味がないとうそぶきますが、偉ぶるわけでもなく、偏見を持つわけでもなく、いつも「あの人、ここが凄いよなー」と心からつぶやき、あっという間に色んな人と仲良くなっていく。

知的体力と人間に対する興味。

だから湯川さんの結論に賛成反対はあったとしても、テクノロジーへの造詣の深さと相まって、一つの論点として業界内で尊重される存在であるのだと思います。

だからこそ、このはっちゃけが凄い。だって別にこんなツッコまれるようなリスク取らずに、無難な内容をまとめておいて論客として自分のポジショニングを定めて、コンサルとか講演で食っていけるんですよ。すでに名声も人脈もあるんだから。それも一つの立派な生き方です。

 

なぜはっちゃけるのか?

この本の一番のチャレンジは、価値観の変化について書いていることです。

価値観とは人間の物事の見方の一番根っこです。そして残念なことにほとんどの人は自分の価値観が自明なものではないということに無自覚です。

価値観というのは絶対的なものではない。だから変わりうるものなのですが、人間は自分自身の価値観が変わることを想像するのがめちゃくちゃ難しい。だから価値観が違う人に対しての論証が至難であり、そして当然反発がある。

例えば目の前の人の価値観を口だけで変えてみようとしたらどれだけ難しいかを想像すれば、分かると思います。

しかもその価値観の変化がいつ来るのかがまるで分からない。まだその予兆もほとんど見えない。

めちゃくちゃ大げさに言うならば、e = mc2 みたいな方程式を見つけちゃったようなものです。実証実験がまだされていない。現実世界で誰かが具体的に証明してくれるのを待つしかない。

でも。

論証の材料を揃えて誰かを説得する時間がもったいない。未来がやってくるのを待つ時間がもったいない。待ってられない。自分の力で検証したい。そしてその流れを加速させたい。そういう想いが行間から滲んでいます。

そして。

だからこそ、肩書きが「作家」なのだと思います。

なぜなら作家とは何かしら自分を表現するものだから。

ジャーナリストとして世界を観察し分析しているときは、対象には自分は含まれません。(厳密には違うという論もあると思いますが、本旨とは違うのでご容赦を)

本を最後まで読めば分かりますが、湯川さんは自分自身の葛藤も含めてさらけ出し、自分が信じる未来を実証しようと、一歩を踏み出そうとしています。

 

未来を予言するのではなく、創りだす。

もちろん湯川さんの武器はジャーナリストとしてのスキルなので、これからもジャーナリスト的な活動がメインになると思います。だけど今までのような取材対象と自分が主客分離していたのとは違い、自分自身が当事者でもあるという点で、全く今までとは異なる意味合いになるのでしょう。

来るべく未来に対して座して待つのではなく、自分が信じる未来に対して主体的に関わって行く。

「Stay hungry. Stay foolish.」

「Connecting Dots!」

「Follow your heart!」

スティーブジョブズの名言をしたり顔でいう人はたくさんいます。

ココロがワクワクする方に進むんだ!と。

だけど、一部を除いてリスクも取らずに安全圏からいう人ばかり。もしかしたら私もそうかも知れません。

だからこそ、本著の最後のパート「終わりに」が心に響きます。

人生に真剣に悩み、考え、もがき、そしてリスクを取って必死に前に進もうとする。守りに入らず、攻めに出る。その姿を恥ずかしげもなくさらしながら。

 

54歳ですよ???

 

めちゃくちゃカッコいいおじさんじゃないですか。

本人を目の前にしては恥ずかしくて言えませんが、私はそんな湯川さんを心から尊敬していますし、人生の大先輩としてのロールモデルでもあります。

あまりにおこがましくて本来比べるものでもありませんが、私なんかのブログよりも遥かに未来に対して示唆に富み、そして前に進む勇気をもらえる本です。

湯川さんの知性と人間性の両方が詰まった一冊。必読。



(注:電子書籍のみでの出版です)




ちなみにカジケンの会社、絶賛エンジニア募集中です!(笑)